ぼんじんブログ

凡人の凡人による凡人のための日記

「宗教」と「ブランド」

「宗教」とか「信者」というと日本人はあまりいいイメージを持って無いのではないだろうか。最近の日本は新興宗教による怪しい事件やしつこい勧誘なども多く、どうしてもそういったイメージを持ってしまいます。

 

しかし本当はもう一つ理由があると思います。それはこれといった信じるに値するモノが無いという事です。日本には昔から仏教や神道が文化に根付いていますが、それを自分の信じる宗教だと思ってる人は少ないんじゃないかと思います。そのかわりに全体を覆う「日本教」があると言われています。自分もそれに同感します。

 

この信じるものがないというのが「宗教」を信じれない理由であり、何かを信じれないという自分を信じれないということにも繋がるんじゃないかと思います。

 

一方「ブランド」というのはその「価値」を信じる事で生まれます。ルイヴィトンのカバンはそれがモノを詰める袋以上の価値があると信じるから、お金を掛けてでも手に入れたいと思うのでしょう。信じる事で生まれると言う点では宗教と近いといえます。ブランドも熱狂的なモノになれば信者も存在するはずです。ディズニーランドは信者だらけです。

 

消費活動では価値を信じたり熱狂的になったりするのに、生き方とか思想とかに共感したりすると「宗教」とか「信者」と敬遠してしまう。それはそういった価値観をその人が信じていないからではないでしょうか。そういった価値観が無いから全体の空気感でなんとなく馬鹿にしてしまう。

 

 

オンラインサロンも同じような扱いを受けてると感じる事があります。中で何をやっているか分からないから怪しい。これからインターネットが閉じてくると中の見えないモノに対する怪しさや不信感は増えてくるんじゃないでしょうか。

 

 

会社のブランディングも価値を信じてもらうところにあると思います。社会との関わり方や思想に共感してもらえるかが、良いブランディングといえます。小さくても信じてくれる人がいる会社を目指したいと思う今日この頃です。

「凡人」と「起業家」

「疲れないために生きていない。疲れない中で生み出されたサービスには誰も心を動かされない」

何かと気になる起業家のKさんがおそらくこんな事を仰っていたかと思います。そしてこれこそが凡人と出来る起業家の大きな違いなんじゃないかと納得してしまいました。

 

凡人は疲れたら休むというのが当たり前だと思い込んでいます。疲れたら仕事は終わりで、ご褒美にビールでも飲んで仕事とプライベートを分けて考えてしまいます。要するに時間を売って労働をしているという事です。時間を売って労働している間は成長は見込めないと思います。それを脱するためには何よりもまずは自分の商品を持つこと。そこを考えていかないと、凡人を脱することは出来ません。

 

起業家じゃないにしても、まず疲れを感じないほどにやりたい仕事をしているかという壁もあると思います。やらされていると感じる仕事か、自分で選んでやっている仕事か。自分の場合はやらされているとは感じてはいませんが、誇りを持って疲れを感じないくらいに打ち込めるサービスというものはまだ出来ていないと思っています。なんとか疲れを忘れるくらい打ち込めるサービスなり商品を作り出したい限りです。

 

 

「悩む」と「考える」2

先日書いた「悩む」と「考える」の違いについて別の視点から考えるきっかけになるコンテンツに出会いました。こうやって思考を巡らせていると、向こうからやってくるというか点と点が繋がって線になることがあり面白いです。

 

bon-zono.com

 

 

それは一歩踏み出せる人という記事だったんですが、要約すると

一歩踏み出せない人は永遠に悩んでいる。悩むのではなく、正しく素早く考える事が必要だ。

という事が言われていました。先日書いた記事を逆の視点から見たモノで色々と繋がった気がして嬉しくなりました。

 

もう少し踏み込むと、正しく考えるというのは、何に答えを出すべきか分かっているというのも大事だと言っています。言い換えれば言語化できる力。

 

コロナで様々なことが不安に感じるようになりました。そんな時に自分は何を不安に思っているかを言語化します。やはり自分はお金の心配がまず来ました。「今の会社でいいのか?復業を始めた方がいいのか?転職するにしても映像業界を続けて先があるのか?」こうして掘り下げていくと「自分には能力がないとか、転職してみて失敗したらどうしよう?」とか、「残念な自分」にぶち当たります。「残念な自分」は見たくないのでそこで考えるのをやめてしまい、こうやって掘り下げることをやめてしまいます。

 

一歩踏み出せる人は何に答えを出すかを明確にしていて、そこに対する課題意識がしっかりしている。そのうえでどんな選択肢があるかと具体的に考えることができるということです。自分の場合コロナで生活様式も変わるので、文章を書く能力を身につけようと思いました。まだ何かの足しになってるとも言い切れませんが、ブログを書いている時間を含め考える量は増えたと思います。これが実を結ぶかは分かりませんが、とりあえず一歩踏み出してみるということも大事なのかと思います。

 

「悩む」と「考える」

最近読んでいる本の出だしでこんなことが書かれていました。

 

「悩む」というのは、答えが無い前提で考える振りをしていること。

「考える」というのは、答えがある前提で建設的に考えを組み立てていくこと。

 

「悩む」というのは前進しない感じで、どこかネガティブな印象を受けます。AかBかどちらにしようか悩むという表現を使う時どちらかが答えだと錯覚してしまいそうになるけど、それは答えでもなんでも無く選択の結果というだけの話だと思います。なので悩んでいる時間は勿体なくすぐにそんなものは早く決めるべきということになります。

 

「考える」というのはAかBかの選択ではなく、それを掛け合わせて何が出来るかとか、答えを探すために試行錯誤をしたりすることだと思います。なのでやはり行動が伴うし、アウトプットをする事にも繋がってくると思います。

 

「悩む」と「考える」も行動に移せるかが否かが大きく、最終的に仮説を立てて実験をし続ける事が「考える」ということの本質なんじゃないかと思います。実験を楽しむ気持ちが大事。リスクを伴わない実験は面白くないですからね。

「具体」と「抽象」

ビジネスの世界にいるとこの二つの概念が否が応にもついて回ります。なんとなく「抽象」というと難しく、「抽象的でわかりにくい」というように悪い印象を持たれがちだと思います。しかしこの「具体」と「抽象」の行き来というのが大事で、「抽象化」できるということが必要になってくるみたいです。

 

それぞれがどんなものかというと「具体」は分類されるもの、個別のもの、ということができます。生き物→魚類→鮭→ハラスのような流れが具体化ということになります。「抽象」はその逆でまとめていくもの、特徴を抽出することと言えます。

 

会社単位で見てみると、経営する方に近づくにつれて「抽象」的になり現場に近づくにつれて「具体」的になっていきます。自分たちの会社のビジョンは「宇宙人を感動させる」ですが、まさに抽象の極み!もっと具体的なビジョンがあった方が良いんじゃないかと思っていましたが、これはこれで立派なビジョンで現場に落とし込む時に具体的なものに落とし込めばいいということに気付きました。

 

最近立ち上げた、赤ちゃんの動画を撮ってまとめるサービス『ベビムビ!』は「生まれてきてくれてありがとう」というシンプルなコンセプトになっています。これも赤ちゃんという未だ見ぬ可能性の塊のような宇宙人的存在に、感謝し「宇宙人を感動させると」いうビジョンの具体化したものになります。

www.youtube.com

 

経営側の発言一つで、現場が困惑することがあります。1ヶ月前と言ってることが違うとか、言うことがコロコロ変わるというのは現場側からしたら理解できないことかもしれません。しかしここも「具体」と「抽象」の階層の違いがあり、経営側はビジョンのためにブレたことはしていないけど、現場では理解できない方向転換が行われたりすることがあります。収束しない口喧嘩もこのパターンが多く、そもそも喋ってる内容の階層が違ってるということです。

 

友人のラッパーが「変わらないために変わり続ける」というリリックを吐いていましたが、これもまさに「具体」と「抽象」をうまく使い分けたパンチラインだと思います。この行き来をマスターしていろんなところに落とし込んでいけるようになりたいと思います。これはなかなか大きいテーマなので修行がてら更新していけたらと思います。

「個」と「組織」

自分たちの会社には自分を含め3人の社員と、20名を越えるフリーランスが所属しています。自分も少し前まではフリーランスをしていましたが、30代後半にして初めての会社員になりました。

 

会社員になるということは、組織に所属し社会と向き合わなければいけません。全体のために歩みが遅くなる場合もあるし、やりたくないこともならなければいけない時もある。そう言ったことを極力無くすために成長して、会社をもっと自由にさせるのが仕事だと思っています。

 

これからますますAIが出てきて、人格のいらない仕事というのは必要無くなってきています。そうなったときに人を感動させたり、応援したりするという、人との繋がりの中で価値を出せる人が望まれると思います。

 

さらに自分の好きなことをやっているだけでは、よほど個に力が無ければ人を動かすことは出来ません。それぞれの力を掛け合わせて、大きな発信が出来るようにもなります。

 

自分も今までは好きなことをして、発信しているつもりになっていたけど全く届いていませんでした。いくら良いものを作ろうが土壌がしっかりしていないと良いものは届きません。組織と人の間で社会に対してどういう価値が出せるかを試行錯誤している最中です。

「ウィルス」と「変化」

今年の3月頃から新型コロナウィルスの影響が日本全体を覆うようになりました。自粛になり自分の所属している会社も仕事が見事になくなり、休業を余儀なくされました。土日にやっていたブライダルの影響はさらに大きく、業種としては最も打撃を受けたんではないでしょうか。こちらも3月頃からぱったり仕事が無くなり、今もほとんど戻ってきてはいません。

 

コロナで価値観が変わり、自粛期間は誰もが次の一手を探して試行錯誤していた事でしょう。テレワークになり、オンラインの需要がさらに増え、オフラインはなるべく控えるようにと暗黙のルールになっていきました。そんな中求められるものも変わってきて、仕事の規模や形式も変わってきています。

 

しかし、考えようによってはみんなが同じスタートラインに立っているということでもあります。「よーいどん!」であの手この手を探っている。ここで価値観を変えられない人は確実に出遅れるし、うまく波に乗れば一気に出し抜ける。すでにトップランカーたちはすでに新しいアイデアをたくさん出してきている。以前の価値観に縛られていては完全に置いてきぼりを食らってしまいます。

 

ウイルスは進化の一端を担っているらしいということを聞きました。なにも悪いことだけをしている訳じゃないと。体に取り込まれることによって突然変異を起こして、それによって遺伝子が変わっていきます。またウィルスというのは突然変異でしか現れないらしい。発生したものが人に感染するのもたまたまで、増殖して生き残るウィルスもたまたま。どれが優れているから必ず生き残ると言うことは無いんだと。

 

それならばその瞬間ごとに常に試行錯誤して、新しいことに挑戦して変わり続けれる人が強いということになります。突きつけられた現状に瞬時に対応していく。このまま変わらなかったら道は無いんだから、とりあえずやってみる。安打の数より打席に立った回数の方が大事みたいです。やらない道は無い。